というか、眠れないのでボヤボヤしていたら脚を吊って、変な声は出るし逆エビに仰け反りまくってねむるどころではないというわけ
今日は今頃本当は友人の友人製作の映画の撮影のお手伝いをしている予定だったのだが、月に一度の突貫工事がっていうかまあ要するに生理さんがこんにちはして腹が異常に痛く、全身の感覚の異様な感じになっていて、まあ毎月のことなんですけども、薬が効いて楽になってももう時は既に遅しお鮨ということ
色々ありすぎて携帯を投げ飛ばす
どんな形であれ私は私に正直に生きようと思う
燻っていたってどうしようもないではないか
よくわからないが、頭を抱えて絶叫しながらも前のめりに生きていけたらそれでいい
物事は流転するものだが、流転しているのは物事ではなくオノレ自身なのではないか
具体的な話をするのは得意でないので避けるが、なんにせよ、オノレはオノレであることには変わりなく、他者もまた他者なりにオノレを生きているので、なんかあったところでどうしようもないしなるようになるというようにできている
現状をエンタテインメント化して遊び尽くす他に何があろうか?
自己愛と自己責任を握りしめて、気まぐれと単独行動を振りかざしながら、崩壊寸前の吊橋を全力疾走するスリル、たまんねーな、たんねーが、どこかしらにつっかえ棒は必要だ
孤独主義と単独行動主義の違いはここにあり、私は孤独主義ではなく個人主義単独行動主義なだけだから、まあ遊んでしまえとなるし、自分のコミュニケーション能力に難があるからといって他者を完全排除しようとかそんな気もないわけだ
他人からの評価云々に興味がない訳ではないし、貶されればムカつくし見返したくなるし褒められればそれなりに調子こくしデレッととろけたりもするけど、他者がオノレをどう評価するか、であるとか、こういうふうに見られたいとか、そういう価値観というものは長らく謎である(母親から「あんたは気にしなさすぎだ」と言われたほどなので、私はもっと気にした方が良いのかもしれないが)
しかしながら、そういう価値観でモノを見ては嘆くという人間が、身内関係に割といると知る
ていうかそういうのも面倒だから、私のことは放っておいて欲しいという思考に行き着くのだけど、あの人がこう言うからとかこう思われるのが嫌だからってそれはプライドでもなんでもないと思うのだがなあ
足枷増やしてどうすんの、私は私の力量と適性という、未知なる足枷を木目パズルを外すみたいに手探りでどうにかしようと必死なんだけど
現状で満足してこのまま突き進もうとかそんなことも考えていないし、また次の妄想を始めている始末である
自分にとって面白いか面白くないかだけが価値基準であることは、そこまで悪いことでもないと思うが