イーニド

20100923

ギューム

絵描きの男というのはどうして人の身体に触りたがるのだろうか
モデルの肉体には触れられないという欲求不満だろうか
否、恐らくそのような下衆な感覚はほぼ無いのだろう、コミュニケーションの手段のひとつにすぎないのだろう
何も、スケベな触り方などされた訳ではなく、普通に肩やら背中やらを叩かれたり、初対面にも関わらず異様に至近距離で話をされたりとかそんな程度なのだが、絵画的である人間であればあるほど、矢鱈と物理的に近いので、いちいち驚いてしまう
逆に、デザインに関わる人間や、イラストレーションであるとか漫画であるとか記号的な絵を描く人間は、妙によそよそしいというか、一歩引いた距離で付き合う状態が長いように思う
私はくすぐったがりというか、よく知らない人から触られるのは相手が可愛い女の子でもない限り気持ち悪くて大大大ッ嫌いなので、人好きの美術家は少し苦手かも知れない
人としては、面白くて好きなのだが

画塾をやっているという、今日至近距離で話をした人が言っていたが、美術というものは、爆発的自己表現という側面もあるにはあるが、魂の探求、求心的に生命力の核に迫っていくものであるという
いわば、爆発的自己表現とは反対側、外へ放出するのではなく内なるものを発見するために創造する、ということなのであろうと私は解釈した
仏教の僧が、一生をかけて曼荼羅を描いたり、仏像を彫ったりする事と、概念としては近いのではなかろうかと考えてみたりもする

確かに、だ
ただ感情に任せて吐き出すかのように描いたものは、後から見返すと恥ずかしいとも情けないともつかない複雑且つ虚無感を孕んだ感覚を催す
私は女なので、この喩えが正確であるか定かではないが、マスターベーション後に放出された精液のようなものが、感情の爆発としての絵画なのではなかろうかと思う(まあ、マスターベーションにより放出された精液を眺めて恍惚とするタイプの男性もいるかも知れないので、この喩えはちょっとどうかとやっぱり思うのだが他にいい喩えが見つからなかった)
ある種冷静に自分の本質と向き合う為の手段として作っていったものは、確かに愛しく感じるものだ
少し大袈裟に書いたけれど、要するに、描きたいものを描きたいように描けたときというのは、大抵、頭は空っぽになっているもので、絵自体もおおよそ無駄な感情を含んでいないから、愛しいと感じるのであろうなと思う
客観的な評価は別として、だけれど
この、画塾をやっているという人は、そういう感性から絵を描いているのではないかという気がする
そして、絵画に関わる人間が、矢鱈とスキンシップが好きなのは、自分対自分の距離が短い為に他人に対しても躊躇なく近付けるということの現れなのかも知れない

別に、私は美術家になろうなんてこれっぽっちも思っちゃいないし、イラストレーターにもデザイナーにも向いてなんかいないと思う
じゃあ何故に美術展に参加したりデザインフェスタに参加したりとかしてんのさ、といえば、祭りは面白いから、という以外に答えが見つからない
ただの客として君臨し、フラストレーションを金で買うよりは、自身のためにもなるのだし
最近はインターネットに絵をアップロードするというようなことを、とんとしていない(そして我がサイトも全く更新していない、ヤバイ)が、今は絵でナントカカントカしようというような私生活や精神状態ではなく、とりあえず自分の人としての社会的状況をなんとかしないとミライがナイ、というわけで、意図的に自分のマッキントッシュから離れている

ハロー