こうして一日というのはただ流れていく
日差しが柔らかくて気持ちのいい日だった
免許センターのあるところの駅は、3年くらい前に3ヵ月だけアルバイトをしていた場所の最寄り駅でもあるから、久しぶりに来たなあという感じだった
少し懐かしかった
自動車は、運転免許を持っているというだけで、全然乗らないし乗りたくもない
便利な身分証明書が欲しいために更新した
交通事故のビデオを見せられて、自分が死ぬのはいいけど人を殺すのは嫌だから絶対に運転しない、と決めた
沢山のお金が吸い取られていったような気がする
人はお金がないと、穏やかではいられなくなる生き物なんじゃないのかな、と、なんとなく思った
沢山お金があっても、荒んでいく人もいるみたいだけれど
専門学校に通っていた頃の友達が、最近よくmixiに絵を上げているのが嬉しくて、すごくすごく影響されているところに、彼女からmixiに私が書いた日記に、ワナヲちゃんのセンスを崇拝している、というコメントがついていてすごくすごく嬉しかった
センス、というのは、絵というよりもモノ選びの感性とかそういうことなんだろうけど
彼女とは特に個人的に付き合ったことはあまりなくて、私が専門学校をやめるまでの間、同じクラスで、授業間の休憩ごとに一緒に煙草を吸っていた、というだけの関係で、そんなに親しくもないけど、私が一方的に彼女の見た目も性格も作品も大好きなだけだと思っていた
崇拝しているのは私の方なのに、と、私も何かしないと落ち着かなくなって、やりたいように絵を描いていたら楽しくなってきて、ついでにサイトも更新して絵ももっと簡単に気軽にアップロード出来る方法に変えた
面倒なことが嫌いだからダメなんだな、と気付いて、ちょっとずつ自分に合ったサイトになっていく気がして、前より少し居心地が良くなった自分のサイトを何度も見ては少しずつ手を加えていた
なんか、誰かにこういうイメージで見て欲しいとか、他人ありきで考えていたから疲れてしまったのだな
自分本位じゃないと多分私はダメなんだろう
プロ向きの人間ではないです
絵は好きだけど日本語の「アート」は難しいから嫌いです
流動的に、色んなことは変わります
妹が服を買ってきて、どうかな、どうかな、と、着替えては評価を求めてきたけど、明らかにお店側に選んでもらったような流行服で、全然似合ってないな、と思って、だけど流行服が悪いわけじゃないし着方の問題かなあと思って色々提案していたら、「私センスないな」と落ち込まれた
なんだろう、服のセンスなんて、私もある方じゃない
お洒落な人は本当にお洒落だから、私みたいなずぼらはお洒落ではいられない
だけどただひとつ言うなら、出来るだけ納得したものを選んでいる、という自信だけはある
自分に合っているか合っていないか、というだけで
それが必ずしも好きなものと一致するわけではない、というのが悲しいところだけど
大体、いつも同じような格好してるし
でも、合っているなあと思える服は、大抵長いこと愛せるものだ
私が格好いいなあと思う人も、ストリートスナップに載ってるような服を選ぶ人よりも、どんな格好してても、本人に合っているなあと思う人
服だけじゃなくて、色んなことが、そういうことのような気がしている